

家族の記憶と桜島
あわただしくも新生活。 そしてこのブログも毎年更新の時期に、費用もかかるしどうするかなぁと思いつつ、なぁなぁで自動更新され、そして1年間も休んでしまっていた。でもあらゆる高品質なサービスが無料になるなか、お金をかけて自分の言葉を発信する(しかも超手作りのサイトで)というのもなんだか責任が伴っていて良い気がするので、もうしばらく続けてみようと思う。 ・不惑か、不枠か ようやく40歳になり、人生も折り返し地点。 よく「不惑」と言われるけれど、どうやらその「惑」とは、「枠」のことであるらしいことを最近知った。確かになりふり構わず必死に生きているうち、枠などもうどこか遠くへ行ってしまった。なりたい自分も、やりたいことも、やらなきゃいけないことも、もう特にない感じがする。(大丈夫か?笑) でも一方で、枠を外してみてからやっと肩の力を抜いて、ありのままの人生を始められるような心地もする。 そしてこの人生というものは、 人はどこから来てどこへ行くか不明 人は老い、いつか必ず死ぬことだけは明確 でもそれがいつかは誰にもわからない という前提が、ゲームであれば到底
chiharuf
4月8日