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  • chiharuf

10 decisions shape your life

お盆にあらゆる神事仏事で鹿児島に帰り、そこからずっと走り続けているような感じ。

自分にしては珍しく、地味に黙々と走り続けています。


そして新しい仕事に久しぶりに会う人たちや素敵な仲間、心躍るプロジェクトに、そこそこ大変な局面もあったりするけれど、楽しみながら過ごしています。


帰省では、約100年前の最古の家族写真や最古のご先祖の写真(およそ1870〜80年代のもの)があったり。(よくその時代の九州の片隅に写真技術があったなぁ!)おそらく曾祖母だと思うけれど、丁寧に、どこどこで誰と撮った写真。この時はどんな感じだったと書かれていて。また戦死して一度も会ったことのない曾祖父の肉筆も初めて発見し、写真に色々といついつどこで、誰と、何の時に、どんな風だったと書き残してくれていて、戦時中でも、戦地でも日常は地続きで続いていたことを再確認した。私の記憶の中のご先祖さまたちはみんなモノクロでいかめしいイメージだったけれど、今で言うとプリクラとか好きな明るい人たちだったんだろう。



そして最後、庭から大きな祠が出てきて「創建1575年」と。祀られていたのは戦の神々だった。思っていたよりもずっと昔から、ご先祖たちはこの地で暮らしていたらしいし、もしかしたら落武者だったのかも。


祝詞をあげていただき、お焚き上げして、空に帰っていくいろいろなものに思いを馳せているうちに、これまで点と点、モノクロだったご先祖の記憶が立体的に彩られていくのを感じ、またそれが自分がこれから生きていくのに必要なものであったことを感じた。写真で見たたくさんの人たち、知りうる限り最古(5代前)のご先祖たちが皆、自分の中に生きている不思議。もっと言うと、その前の前の前、ずーっと前から命のバトンが続いて、いま自分や息子が生かされている。そんな当たり前で頭ではわかっていたことが、肌感として鮮やかに彩られていく過程だった。


若い頃は、なにか自分の人生や生き方は100%自分の意思と力で切り開くものだと信じて疑わず、その逞しさと少しばかりの傲慢さが今となっては羨ましくもあるのだけれど笑、今はもう少し肩の力を抜いて、そもそも生まれながらに定義されたものや環境も受け止めつつ、そして周りに活かされながら、自分の力のおよぶ範囲内での最善を尽くしている感じ。


好きな歌に「10 decisions shape your life」という歌詞があって、ひとつの意思決定だけで劇的に人生が変わることもあるけれど、自分が人生を切り拓き形成していくというよりは(それも大切だけど)、「10の選択肢」で人生が自然と形づくられていくような、自分の力の範囲や及ばなさと同じぐらいに不思議な巡り合わせとか縁とか、そんなものがますます感じられる旅だった。そして、ひとつひとつの選択を大切に。自分で決められるって、その選択肢があることも含めて、本当に尊いね。


なにか必死でいて、いろいろな雑念みたいなものが削ぎ落とされた状態でしか、私たちが神様と呼ぶようなものは現れないのかもしれないね。

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