LGBTQは他者の問題ではない

一気に秋らしい気候になりましたね。

年間でもおそらくたった数日間の、一年で一番良い気候とも言うべき時間を(涼しくなってマスクが気にならなくなってきたこともあり)気持ちだけ大いに楽しんでいます。

前回の投稿、私としては割と勇気を振り絞って投稿してみた内容ではあったのですが、日本各地から、様々な共感や感想や意見をいただけて本当にありがたく。今年の年明け、寒い日に区役所で絶望的な状況を知り、泣きながら子どもを抱えて帰った日のことを思い出しました。涙


で、本当はその続編について書こうと思っていたのだけど、ここに来て見逃せないことがありました。

「LGBTばかりになると足立区が滅ぶ」東京・足立区の自民党議員が差別発言」

今朝スッキリで特集をしていて(ロバート・キャンベルさんの真っ当な意見が素晴らしかった)、色々と考えていたのだけれど、LGBTQ当事者ではない私が感じたことを書いておきたいと思う。

・「普通」ってなんだろう?

白石議員のその後の発言を見ても、前々回の記事でも書いた「普通ってなんだろう」ということと、この問題の根幹は切っても切れないと感じる。当然のことながら、誰を愛するかということと直結するLGBTQを取り巻く状況については、議員の言うような「教育」して誰かが干渉できるようなことではもちろんないし、生きる選択肢のひとつでしかない。ロバート・キャンベルさんが言っていたけれど、「共感はしなくて良いから理解してほしい」、本当にその通りだと思う。そして理解には正しい知識や情報が必要で、「教育」とはまさにそういうことだと思う。

・LGBTQは他者の問題ではない

今回の件は、別の角度からも考えてみたい。

念のために書いておきたいけれど、現在日本が直面する少子化とLGBTQにはなんの明確な因果関係もない。また同性婚を認めることと出生率の改善にも直接的な因果関係はないが、私は間接的には(より生きやすい社会が認められる土壌があるということで)無関係ではないと思っている。出生率が改善傾向がみられる先進国、例えばスウェーデンやフランス、デンマークやドイツなどで軒並み同性婚が認められていることは、直接的ではないにしても無関係とは言い切れないのではないか。


私はLGBTQ当事者ではないけれど、議員の言うような「普通」が、どれだけ今の日本社会で、同じように母になる女性、またはならない女性を苦しめ、結果的に少子化を招いているかを改めて実感している。フランスの出生率改善にはいくつもの具体的な対策が取られているけれど、「婚外子を認める(差別しない)」ことや「家族のあり方」の選択の自由が認められたことは(その他の対策とともに)、母になる人たちの選択肢を増やす点で非常に大きい。


日本ではどうだろう?少子化対策を謳う割には、婚外子の存在はおろか夫婦別姓ですらいまだに現実的ではないのではないだろうか。(ちなみに日本における夫婦同姓を取り巻く状況については、日本は過去、国連から三度改善勧告を受けている


女性が働きながら産み育てることの「選択肢」を用意してあげることまでしか、国はできない。そのことを理解した上で、どう具体的な(金銭面や精神面含めて)対策を取るかが「少子化対策」であって、今回のように問題の本質から目をそらし、誤った知識や情報を流す行為は許されないし、この方は、申し訳ないけれど少子化改善を本気で考えていないと言わざるを得ない。


余談だけれど、冒頭の記事を書かれている松岡宗嗣さんのお婆さまが白石議員に宛てた手紙が素晴らしいので、是非ご一読を。これを読むと、自分とは違う価値観を尊重することがいかに自分の人生をも豊かにしてくれるかと、私も歳を取ってもこんな人でありたいと思いました。


その他、参考:

出口治明さんのこの記事も面白いのでぜひご覧になってみてください。

「国の少子化、本気度足りず 目標に程遠い出生率(2017年)」


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