小さな庭
9月末、納品関連が立て続き、文字通りヒイヒイ言いながら過ごしてました。
(数えたら制作納品2本、イベント企画運営&報告書2本ずつ、執筆案件2本、新規プロジェクト3本その他諸々・・そりゃ忙しいわ)
新しい家には、猫の額ほどの小さな庭があるのだけれど、そこで息子とともになんでもない時間を過ごしたり(大人に1日の終わりのビールが必要なように、保育園児にも帰宅しな美味しい飲み物とともに一服する時間が必要なよう)、とても素敵なお隣さんとフェンス越しにいろいろ話したり、目まぐるしい日々を生き抜くために大切な時間になっている。
最近色々と超論理的な仕事が多く、ありがたいけれどいつもの私の悪いクセで、突き詰めていくとどこかで一旦ゼロにしたいような気持ちに駆られています。(笑)
私の場合は、論理的作業が増えるとアートに回帰したくなる。
そういうことで、数年ごとに回帰している、カナダ・モントリオールのシンガーソングライター、Patrick Watsonを最近また聴いています。「The Great Escape」、もうこのタイトルだけで偉大さが伝わるでしょう?笑
夜な夜なPatrick Watsonを聴いていて思うこと。 アートの重要性。そんなことを考えていたら、Evernoteが3年前に私が書いた文章を記録してくれていました。日付は2018年の3月1日。当時何があったのかもはや覚えてすらないが、やはり当時もこうやって効率化や論理性から離れて、アートの必要性を感じていたに違いない。
そしてアートの概念や必要とする理由(そしてそれを必要としないことも含めて)は、とっても自由。それがまた良い。いろんなものは、そこから生まれてくる。そんなことを考えながら、2021年残りの3ヶ月を過ごしたいと思う。
<2018.3.1 「What is Art?」>
ヒトには、意味が必要だ。
自分が生まれてきたことと存在することの間に、原因と見返りを求めたがる。
でも、意味はヒトがつくったもので、そこには何の因果もない。
だからヒトは、意味のないものに帰りたくなる。意味を忘れて、頭を空っぽにできるものに。そこはだだっぴろくて、がらんとしていて、孤独だけど自由。
ヒトは同質化と差別化も必要とする。未知と矛盾の中に生きすべてを理解したふりをしながら、生まれながら死に向かい、孤独とともに他者を愛する。
そこにアートがうまれる。
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