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  • chiharuf

夏至の雨

夏至なのに、ようやくきた梅雨の金曜日。


梅雨があったときには、ジメジメするし洗濯物が乾かなくて嫌だなぁと思っていても、いざ梅雨がなくなってみるとそれはそれで色々と狂うし体調も崩す。改めて人間は、都市に生きていても多大な影響を自然から受けていると思わせられる。(人は土から離れては生きられないのよ、だね)



・最適解をつくる

まぁ本当にここ数年、正しい記憶がないぐらいには本当にいろんなことがあった。

自分の未熟さや浅はかさ、力不足なんかを感じさせられることも。

そしてなんだか試されているかのように、「あ、もうダメだ」とか「ついに手詰まりか」という瞬間にこそ、真理を問われるような出会いとか最適解が現れる。答えはどんどん霞の中に消えていくなか(厳密には正解などなくて、自分でそれを最適解にしていくしかない)、前にも書いたかもしれないけれど、年々「生かされ(活かされ)ている」と思わせられることばかり。そう思うからこそ、身を粉にして最善は尽くすけれど無理はしないで、あとは天に任せてみる。みたいなことが増えている。これはきっと自分の年齢のせいだけでもなくて、変化や課題が細分化し加速度的に増えている時代だからでもあるんだろうなぁと、思うなど。


・システムの崩壊

政治とか経済とか、人類が長い歴史の中でよすがとしてきたあらゆるシステムが問われる時代になっている。

その「終わりの始まり」をみているような感覚に時折なるのは、みんなもう立ち行かないと頭では薄々とわかっているけれど、それを口には出さずしがみついているさまを見る時か。そう信じたくない気持ちも痛いほどわかるけれど、現状の認識うと対話や議論なくしては、次のステップへ進むことは難しい。そして多くの場合、落とし所を決めた対話や議論しか存在しない。答えや落とし所がないからこそ、新しい価値が生まれるのに。もったいないなとあらゆる場面で思う。

トップレベルで優秀な人たちが、とあるポストに就くと皆同じように腐敗してしまうのは、もう属人的な問題ではなく、その組織とかポジションとか、システムに問題があるのだろう。そして大嫌いな言葉が「自己責任」。自己責任で完結するなら政治も経済もいらねんだよっ(もう年金も納めず各自で自給自足する世界線になるよね。それでいいんだっけ・・)と自分の中のリトルオッサンが叫んでおります(笑)余談だけど、大抵の場合使われている日本語の「自己責任」のニュアンスって、英語に訳せないんじゃないなぁ。この辺り別の機会に模索してみたい。


・強さとしなやかさには筋力が不可欠

自分の業務内容的に、例年どうしても夏からが激忙になるので、ジムにも通い始めて早1年半近く経つけれど、春先〜初夏までにいかに体を鍛えておけれるかで、夏以降のコンディションとパフォーマンスが変わってきます。(何の話)

ジム通いをしていると、強さとしなやかさを生むには本当に筋力が必要なんだなと、いつも思わせられる。これは心も同じ。普段から鍛錬をして、心の筋力をつけておけると、非常時に慌てないし他者への思いやれるしなやかさを持つことができる。自然と人間が限りなく切っても切り離せない存在であるのと同じように、人間の体と心も。

小さいころ、強さってもっとパワフルで、迷いがなくて、いっときも休まず進み続けられるみたいなイメージがあった。けれど、本当の強さっていうのは、自分のペースで時には休みながらも歩き続けて(他者に配慮ができて)、時には誤ったりしながらも「人生結果オーライ」に持っていけることなんじゃないかなーと最近では思う。走り続けられる人も、闘い続けられる人もいない。それぞれの自分の特性や弱さも強さも分かった上で、諦めずに立ち続けられるようなしなやかさ。いまはそんなイメージです。



さまざまな新しいチャレンジが続くけれど、まずは自分が自分を「できる」と信じてあげることから。


基本個人プレーが多い私は本当に周りの仲間たちに助けられてます、いつもありがとう🙏


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