35年目の試練

今年はあまりにも早く九州南部が梅雨入り。また長い梅雨がやってきますね。

なんだかありがたいことにだけれど、怒涛のご相談などをいただきつつ、この投稿も気づけば日々のアレヤコレヤにかまけて1ヶ月もサボってしまっていた!


この投稿は日々、移動時間などで思いついたことや考えたことを忘れないためにevernoteで書き留めておいて、まとまった時間があるときに編集&執筆して仕上げているので、この期間、evernoteには日の目を見ない記事のタネがたくさん溜まっていました。いつか出せるといいな。



唐突ですが、私はひとりっ子なのですがよく世間に言われる「わがまま」「自己中」(まぁ当たってるw) に加えて、あまり知られていない一面として、小さい頃から大人に囲まれて育ち、役割を兄弟姉妹で分担できないため「人に頼るのがヘタ」「そのため各種スキルが異様に発達する」「結果、器用貧乏」という側面がありますが、私はまさにその権化と言っても過言ではないなと最近思い知らされています。


個人事業主としての仕事に加えて、家事育児リモート介護と、もはや日々のTODOがバクハツしている中で、この「相談して頼ってみる」「人に任せて様子を見てみる」、もっというと「あまり首を突っ込まない(笑)」という、これまであまり自分が得意としてこなかったことが試練としていま試されているのをひしひしと感じています。


でももう、頭ではわかっているんですよね。

到底、皆様に協力していただかないと日々を回せないということに。笑


そしてつくづく、多様なプロジェクトを企画して実現する生業についていてよかったとも思います。あまり「ワークシェア」や「運営」の発想やノウハウが介入しにくい家庭や育児の領域において、こういうスキルやノウハウが少なからず、現在の全方面運営型生活に役立っているのも感じます。下手なりにも、仕事でやって来たことの発想やノウハウが生活に生きている。


ただまぁ、経験が生きてくるのとそれが得意かはやっぱり別の問題で。笑

この年になってもまだ、自分が苦手とすることが事あるごとにひょっこり顔を出して私を困らせるのを、昔よりは余裕を持って把握できているけどいつまでもなれないなぁとは思います。


あとは、どうでも良い記憶が異様に良すぎるので、もはや誰も覚えていないようなことで10年後、20年後に「なんであの時ちゃんと向き合えなかったんだろう」と考えたり。でもモノゴトに向き合うって、ある程度自分の確固たる基盤とか、よりどころとなる自信のようなものがないとできないことでもありますよね。


奇しくも先日の宇多田ヒカルセンパイのinstagramライブ配信で、「生きるとは」というものすご〜く深い質問があって。かの有名な「夜と霧」の一節を引用しながら、「生きるとは、生きる意味を問うことである」と。。もうセンパイは、そろそろ出家された方が良いのではないかなとその言葉を水のごとく吸収しました。


そんなこんなを思いながら、今日も運営しています。

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