普通ってなんだろう

ここ一週間は心身ともになかなかハードで珍しく疲弊しており、2月から毎週更新し続けていたこのブログも先週はお休みしてしまいました。。悔しいので今週は更新2回を目標にしたい。今日は打ち合わせ(出張)で松本へ向かっており、その車中でようやく時間が取れたのでこれを書いています。

小さい頃から幸いにも「普通」という価値観(より明確にその言葉の指す意味を紐解くと「大多数」「一般的」という文脈で使われることが多いと思うのだけど)をあまり重視しない環境に育ったせいか(よく「あなたはどうしたいか」ということ問われる家庭であった)、成長してから世間に蔓延る「普通」という概念の多さに人よりは多くぶつかったかもしれない。

例えば私は今でこそ一般的になりつつあるひとりっ子家庭に育ち(小さい頃は子ども目にもわかるほど偏見があった)、首都圏では田舎の出身であり、母子家庭であった時期もあり、受験に失敗してどこにも社会的に属していない期間があったり海外で暮らした経験があったり。その都度、よく言われる「普通」という価値観とはわりと戦わざるを得なかったと今ながら思う。(もちろんこの世には「普通」の人なんて存在しないことを前提に書いています)

その上で、いま個人事業主として子育てをしながら仕事をしていると、しばらくぶつからずに済んできた「普通」との闘いがまた始まりつつあるのをひしひしと感じる。

それもそのはず、仕事や子育てに限らず、これまで通用してきた「普通=大多数のための、一般的な」価値観やシステムがもう通用しなくなっているからで、あらゆるところで「多様性」「総活躍」と謳われていることとの大きな矛盾として、主にシステムや実態がそれに伴っていない弊害が多すぎると感じる。(システムさえ整えば人の価値観は思っているよりも早く変わっていくし、「常識」ってあまり実態のないものだと思っている)

そして「普通」の概念の根幹は、昨今話題になっている「産後鬱は甘え問題」をはじめとして、あらゆるところにつながっている。「普通」の当たり前が存在しない世界には、そのような強制や圧力も存在し得ない。

「総活躍」の文脈でよく謳われていることの割には、それまで実績が蓄積されている旧姓での継続は一切難しかったり、完全に一個人として納税しているにもかかわらず、妊娠・出産関連の申請手続きは全て世帯主ベース(夫の名前)であったり。あまりにも旧社会の制度と価値観でしかモノゴトが進まず、働く女性に関しては(婚姻や子育ての有無に関わらず)「これはもう仕事をやめたほうがどう考えても楽だよな」と思わざるを得ない仕組みになっている。が、これから急激な人口減少や納税を担う働き手の存続、多様性の大切さを考えたときに、それは(女性を取り巻く問題だけではなく)大きな問題であり、昨今の大坂なおみ選手の活動を見るにつけても、彼女のような人に今後も日本は選ばれていく国になれるのだろうかと疑問に思う。

具体的にいまぶつかっている壁として詳細は長くなるので書かないけれども、色々と限界を感じていて、区行政だけではなく、地元の議員さんや様々な方にいまお話を聞いています。とても勉強にはなるし前向きな気持ちではあるけれど・・当然ながら仕事は待ってくれないし子どももどんどん大きくなる。そして一番の問題は、いまぶつかっている問題を解決できる包括的な窓口が存在しないことでもある。多分私の時代にはもう色々間に合わないかもしれないけれど、これはもうライフワークとしてでも、次に続く世代のためにも動いていかないとなと思っています。

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