短い夏の夢(とあるバーでの出来事)
1ヶ月以上にわたる梅雨を終えて、ようやく夏が来た!
毎年思うのだけれど、「夏ってこんなに暑かったっけ?」と。毎年のことながら自分の生きものとしての生存力の弱さを憂いています。
そんな夏の日に、思い出すことがある。
会社員をやめて、しばらく提案や打ち合わせで転々としていた頃。
なので、5年ぐらい前かな?鹿児島市内のとあるバーに流れ流れて辿り着いたことがある。
もちろんひとりで。鹿児島市内は割と歴史があり舶来感のある(という表現がぴったりの)建物やお店がそこここに残っていて、それが私の好きな理由のひとつでもあるのだけれど、そのお店はもれなくそんな雰囲気を残しつつ、とても素敵なオーナーさんが経営されていた。(思えばひとりでバーなんて、いまの生活からはいろんな意味で程遠く、感慨深い)
後にそのバーでは色々とお取引など含めてお世話になることになるのだけれど、初めてひとりで飛び込んだその夜に、なんだか不思議な体験をした。
おそらく鹿児島では、その時間やそのお店に20〜30代の女性がひとりで来ることが珍しかったんだろうと思う。(確かに通りやお店でそのような人を全く見かけなかった)店内には常連さんと思しき人が私を除いて2〜3組程度いるだけで、私はカウンターでオーナーさんとあれやこれやと話していたのだけど、そのうちに50〜60代のおそらくご夫婦ではない二人組と私のみになった。当然のことながら、どこからきたの?えーどんな仕事で?などとお互いの身の上話や世間話で会話は弾んでいたのだけれど、夜も更け、会話も深まってきた頃に、女性の方(お店から程近い場所に住んでおり、何らかの事業をされているとのことだった)が酔いもあったのか?いきなり声を荒げてこう言った。
「あんたな、何を成し遂げたいか、ビジョンを描けるかどうかやねんで!」
私はほどよく酔っていたもののびっくりして酔いも覚め、店内ももちろん静まりかえった。
(と言ってもその二人組と私だけだったのだけど)そしていつものことなのか?オーナーさんはグラスを磨きながら虚空を見つめ、その方の連れ合いも特にフォローをしてくれることはなかった。笑
なぜいま自分が怒られているのか(絡まれているという表現の方が近い)、何か気の触ることを言っただろうか?と瞬時には理解できず、色々と考えを巡らせているうちにだんだん腹も立ってきて、何か言い返そうかと思ったが特に思いつかず、そのうちに相手の方も「なんかごめんな」とはたぶん言っていなかったと思うが、そんな雰囲気になり、お会計をしたのだった。
今思い返しても、相手の方の言動は決して良識的とは言えないし、単に居酒屋でのよくある一幕といえばそうなのだけれど、そのとき名前も知らないその方が発した言葉はなぜかその後長きにわたって呪文か呪いのように私の脳裏に焼き付き、ことあるごとに思い返すことになる。たぶんまさに様々な転換期を迎えていて、「自分は何を成し遂げたいんだろう、どんなビジョンを描きたいんだろう」と改めて考えていた時期だったからかもしれない。そして今よりはもう少し若かった。いまだって大それた何かを持っているわけではないけれど、もし同じ状況になっていたら(ユーモアも含めて)何かは言い返せているんじゃないかな。そしてこんなに深く胸に刻まれることはなかったと思う。おそらく会話の中で、そのような私の迷いや逡巡が発露して、その方は良心的な喝を入れてくださったのだ・・と5年後の私は勝手に解釈している。
なんだかその短い夏の夢のようなおぼろげな雰囲気と、いまそのバーはもうその場所にはないこともあって、二度といけないという儚さが、実はあの二人組(そしてバーすらも)は実在していないんじゃないかとすら思えてしまう。
それにしても、そのようなランダムな会話や出会いがほとんど見込めなくなってしまったいま。
私はやはりリアルで人が会うことの面白さ・奥深さというか、それが生み出す豊かさみたいなものがとてつもなく恋しい。それこそが輪郭のない人生をより豊かで多様にしてくれるのだなぁと痛感する。
どこまでも理論的で、無駄のない「オンライン」の世界が不得意とする、そのような「ランダムさ」や「余計な情報や変数」(というと怒られるかな)こそが、これからの時代より大切にされていくだろうなぁとも思う。