関係性の再構築

しばらく立ち止まってみる。

これがなかなか難しいので、もう強制的かつ物理的にそうしてみると、普段いかに自分が狭い中で動き続けていたかが見えるもの。そういう意味でも年末年始の区切りは、単に人間の決めた概念的なものではあるけれど本当に重要だなぁと改めて感じます。ここ数年、死に物狂いでやってきたので、久々に少しペースダウンして一息つけた気がする。

昨年(というかここ数年)は、あらゆるハードルを飛び越えまくり、生活と環境を立て直しまくりながら、関係各所の方々に大変お世話になり、過去最高売上を記録した年でもあった。


ここ数年、俯瞰してみると本当にギリギリのところまで張り詰めてやってきた。

何かにつけて手を付け始めると中途半端にすることができなかったり、考え出すとキリのない自分の性分もあって、こと仕事やプライベート、仕事の領域も含めて、どこまでが自分の領域で、どこからがそうではないか?が、常に不明瞭ななか「そこまではさすがにやらなくていいんじゃないの」ってところまで色々、責任を持って巻き取ってやってきたように思う。そして普段、いかにいろんな感情や思いに蓋をしながら過ごしていたかも。


去年はここ数年ずっと体調が悪く、致命的な病にかかった父が5年ぶりに上京して、息子と会うのは二度目、私とは13歳の時以来20年ぶり以上に約3週間共に過ごした。以前「父と娘」の関係性だけだった時には、まぁお互い頑固だしいうことを聞かないので笑、よく喧嘩して1日か2日一緒にいるのが限界だった。そこに夫と息子が増え、一度も喧嘩せず3週間も一緒に楽しく過ごせて、、一般的には当たり前の風景なのかもしれないけれど私はなんだかとても感動した。以前の「父と娘」の”線”の関係性から「ジイジとママ」に変わり、二人だけではなく第三者も含めた、”面"の関係性に生きてるうちにまたなれたこと。人は生きていればまた自ずと時間が関係性を変えてくれて、そこからまたアイデンティティを再構築できるし、一緒にいられるようになること、そんなことを身をもって学んだ。生きてるっていいね。


そして改めて感じたのは、共働き夫婦だけで家庭と仕事、育児を運営することの無理っぽさでもある。保育園では園児ひとりにつき3人の保育士がつくように、家事育児ノータッチどころか全く機能しないジイジであっても、家にいてくれて大人の目があることにとても救われたし、これまで無理をしていたと感じた。(そしてそれは子どもにもよくないよぁと反省)今年は余裕を持っていきたい。


やっぱり環境も仕事も家庭も、全部自分で創り上げながらやっていくことは無理だしそりゃぁ疲れないはずない。 シャカリキな自分は自分として、良いところは伸ばしてあげつつ、今年はもう少し楽〜にワガママ〜にやってみようかなと思う。(度がすぎたらすみません!)


また少しコロナの感染者数が増えていますが、少しでも皆さんが閉塞的ではなく、心晴れやかな日々を過ごせるよう祈っています。

最後に、年始早々出会った柳美里さんの素晴らしい言葉を。

(柳さんは福島県小高地区に移住されてブックカフェを経営されながら作家としての活動をされています。今年はこのブックカフェにも行きたい)


わたしは、原発事故によって「警戒区域」に指定された小高という地域と、小高住民と、小高産業技術高校に通う生徒の現状を知り、止むに止まれず、ここ、小高に転居しました。


その行動とこの場所を起点にして、奇跡のような縁がいくつも結ばれ 、点と点、線と線は、一つの面に成りつつあります。

お金は、労働の対価として支払われるべきものです。


でも、お金では動かないこともあるのです。

喜びは、自分の欲望を充足させた時のみに生まれるものではありません。

真の達成感とは、自分と他者が深く関わり、他者のために一つのことを成し遂げた時にこそ生まれるのではないでしょうか。




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