豊かさの再定義

みたいなことを最近考えている。

これまで経済至上主義のような働き方と生活をしてきたせいもあり、ここ数年で自分が経た生活の変化や暮らしのあり方で、とても考えさせられる機会も多く、つまづくことも多いけれど、その分より他者を理解できる素地ができたり、何よりも自分の中の引き出しというか視点を持てたことに感謝したい。


特に、日中男性ばかりの経営会議などに出て、夕方は女性ばかりの保育園にお迎えに行って・・っていう極端な世界を1日で何往復もしていることは確実に私の人生の肥やしになっていると思う。(どうりで脳が疲れるはずだよね)

最近、子連れやママチャリで移動しているだけで、以前は全くなかった現象(通りざまに暴言を吐かれたり、舌打ちをされたりとか)が頻繁に起きることに驚いている。そしてそれらは全く同様の行動をしていても、夫にはない現象でもある。すごく衝撃的なので、もし子どもと一緒じゃなかったらかなりの確率で殴り合いになってると思うけど笑、みんな子どもと一緒だからことを荒げたくなかったり、子どもたちを守りたくて言い返せずにいるんだよね。決して暴力に屈しているわけではなく。そこにつけ込んでるんだよね、、


大体そういう方はオーバー60のおじさまであったりする。怒りや悲しみを通り越して、毎回なんでなんだろうかと本当に考え込んでしまう。理解することは難しいかもしれないけど、その世代や人格形成に与えた社会背景などが心の底から気になるし、子育て支援とか多様性とか子ども庁とかの前に、まず主にこの世代(奇しくも現在、政治の要を握っている)から姿勢を改めないと何もならないと思う。そしてそれはその世代だけの責任ではなくて、社会全体がそういう姿勢を甘やかし、許しているということでもある。

そういう人たちはもしかしてひとつの生き方、価値観の中でしか生きてこなかった人たちなのかなとも思う。もし自分がいろいろな立場で良いことも悪いことも、多様性だけじゃなくて差別的ことも含めて体験して生きてきていたら、少なくとも自分が理解できないことや未知のものに対して暴力的な態度は取らないだろう。(と思いたい)

と同時に、私が30歳をすぎてからようやくこういう体験を得て初めて知った実情があるように、当然ながら私にもまだ到底理解しきれていない現実があるんだよな、ということに背筋が伸びる思いでもある。これからますます歳をとっていっても、決して何かを分かったような人間だけにはならないぞと改めて心に決めた次第です。


日本は豊かな国にしていきたいね。

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