自分をアップデートしていけるか

今日は週明けから色々と立て込んでおり、ようやくいま閉店。

久々に渋谷の学校へ行った今日はとてもきれいな快晴で、お気に入りの工事現場(?)はかなり工事が進んでおり勝手に安心しました。 そして特に何をしたわけでもないが、渋谷はやっぱり楽しい。

先日、何かの投稿で”どうして人は老害になってしまうのか"を研究されている方が「古今東西、そう呼ばれてしまう人たちのデータをかなりの数研究して、個人的な解釈として35歳時点である程度厳しい環境にいるかどうかで決まる(超要約)」のようなことをおっしゃっていて、いま35歳の私はかなりドキッとした。笑


きき厳しいって・・どんな感じだっけ?

高校の部活みたいな感じ?いまかなり自由にやっている私はそれぐらいしか思いつかないけど、大丈夫かな・・?などなど。


幸い私はいま本当にいろいろな年代(20代〜70代)・国籍(米仏台)・立場(民間、行政、あらゆる業種)の方々とご一緒させていただいていることもあり、そこからしばらく一週間ほど考えていた。


これは学生など若い世代(10-20代)、そして経営層(50-70代)と日々接して感じていることでもあるけれど、世代や時代によっての「厳しさ」と「求められる仕様」ってかなり異なる。それは複雑に、その時々の文化背景やコミュニケーション、ひいては人間関係が大きく影響しているので、当然といえば当然なのだけれど。例えば私たちの上の世代の方々の仕事に対する姿勢や厳しさと成果物、もしくは私の下の世代のそれはかなり異なると感じている。(この辺りの世代間格差は近年の個人的なテーマでもあり、それを埋めることが私たち30代の役目でもあると感じている) そう考えると、時代で求められる「厳しさ」もかなり変化しているよなぁと。

私が入社した時、上の世代の先輩方からはかなり厳しく仕事に対する姿勢やマナーなどを教育されたけれど、コロナ禍も経て、いま求められる「厳しさ」はより成果物重視になっていると感じる。明確に結果を出しているかどうか。あと、意外と厳しさって、表向きにはわからないものも多いと思う。一見、柔和な方が仕事の特に成果やクオリティに厳しいというのは珍しい話ではない。


私が新卒で入った会社を決めた理由で、どんな年代の方でも若者の拙い話をきちんと聞いてくれるから、というのがあった。それは自分が話しやすいからとかではなく、私もそういう感覚で自分を常にアップデートしていきたい、その時々の自分の立場や視点だけで物事を決めつけるようになりたくないな、と思っていたからだった。いまそういう大人になれてるかはまた冷静な第三者の分析が必要だが、その辺りの感性や感覚はいつでも初心に戻りたいと思う。その方がきっといつまでも新たな発見もあって、楽しいよね。


そんなことを思いながら、2020年残りの10日間を過ごしてみたいと思う。


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