目にみえないものたち

最近、再び登園自粛をしている我が家では息子の登園日には、近所の大きな木の下でひと休みしてから帰る。

とても美しく大きな木で、「きれいだね〜」と言いながらおやつを食べたり、蝉が出てきた穴を埋めたり、雑草を抜いたりしてなんでもない時間を過ごす。その時そっとマスクを外すのだけれど、いかに日々自分が様々な香りや季節の移ろい、自然の中で起こっていることの多くを見逃しているかを思い知らされる。

物理的な接触を避けることは、世界との多くの接点を減らすことでもある。 そして自分たちがいかに「身体的」な存在かも思い知らされる。いま私たちは”不要不急”のコンセプトが作り出してきた、できるだけムダをなくす効率化の中で生きている。もちろんいまは緊急事態、それを最優先して生きてきたし生きているけれど、それが生む弊害ももうたくさん知った。

もともとムダなことが大好きで、そこにこそ価値を見出してきたような人間なので、今の生活が失ってきた大きなものを認識しやすいものかもしれない。

日々、もがいたり怒ってもしょうがない、焦ってもしょうがないことばかりで、でも小さい頃から長距離より短距離タイプ、気になることはすぐに即決して解消したいタイプの私には、そうやってもがいていることこそが生きている証でもあるのかもしれない。 笑

何か大きなことを成し遂げたいわけでも、歴史に名を残したいわけでもなくて、足元の良さを見直すとかそんな話でもなくて、大切なことのほとんどは目に見えないものが多いし、よりいまの社会が抱えるギャップをなくしていきながら、素敵で最高な人たちとビール飲んでいたいだけなんだよなぁ。笑


そんな金曜日、明日は無事に引越しを終えてひっそりと乾杯できるよう願うばかりです。

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