小休止、冬の足音

ようやく寒くなってきて、長い冬の足音が聞こえ始める。

家の窓から見える大きな欅の木が、毎年たくさんの葉をつけては色を変えその全てを落としていくのは、何度見てもその変化に驚いてしまう。

最近、ここいらで少し小休止の時間を過ごしている。

今年はコロナがあり、仕事の進め方や子どもの保育園問題など激動の割には、物理的な動きが制限されたためかあまり動いていないような錯覚を起こすのだけれど、実はかなり色々なことを考え、試行錯誤し、迷いながら過ごし、それでいて気軽に仲間と会ったりする息抜きの難しい、いつもよりも長い長い1年だったと思う。皆さんも多分そうじゃないですか?


これはたぶんバスケをやっていた影響だと思うのだけれど、何事も張り詰めたままでは100%の力は出しきれない。バスケは球技の中でもサッカーの次に試合あたりの走行距離が多く、かつ割と全力で90分走りっぱなしのハードなスポーツだけど、当然のことながら一部の”天才"を除いては90分全力で走り続けるなんて戦略は取れない。(むしろ天才であればあるほど優先順位をつけて戦っているかな)しかるべき時にきちんと戦えるように、日頃から自らのメンテナンスをしながらサボっていいときと、戦わなければいけない時を見極める。これって部活やスポーツだと当たり前なのに、仕事だとあまりできている人は少ないと思う。(自戒も含めて)


あとは、食べるものも含めて自分がそのとき何を求めているか。

これがわかる人が少なくなってきているように思う。体調や体のリズムに合わせて、今日は何をしたいか、どのように過ごしたいか、もしくは過ごすべきか。


私はどちらかというとこの直感や嗅覚のようなものは自信があるんだけど、それは農家の出身であることが理由かもしれない。日々、季節に合わせてその日採れるものを食べ、晴れた日に働き、雨の日は家で作業する。これは現在の豊かな物流が生んだ一つの弊害かもしれないけど、「何を食べるか→食材調達」と真逆の歴史「あるものを→調理し食べる」を人類は長く過ごしてきたわけで、あるものでその時自分が食べたいものを適当に作る方が色々と理に適っていると常に思う。だからクッキングスタジオでお金を払って料理を習うよりも(それも大切な経験だけど)、冷蔵庫にあるもので、その時自分が食べたいものをきちんと作れる力の方がずっと必要だと思う。(そもそも冷蔵庫に何かあることも含めてね)


なんだかお腹から力が出ないなー、とか。気分が向かないなとか。

今年ももうすぐ終わってしまうけど、そういう声にもう一度耳を傾ける時なのかもしれないですね。

私は今日チゲ鍋を食べに行こうと思います。笑

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