グッバイ親知らず

4月に入り少し長め遅い春休み(という名の介護と育児諸々)をいただき、休み明けから結構飛ばし気味に色々こなしている気がする。4月から始めたサウナには朝活として毎週通って自分のメンテナンスしつつじっくりアクセル踏んでる、そんな感じ。

合わせて、4月から歯医者にも通って虫歯を治したりしている。

歯医者に通うのは小学生ぶりぐらいで、毎週ドキドキしながら歌のおねえさん似の優しくて優秀な女医さんの元に通っている。実は妊娠中に切迫早産で1ヶ月寝たきりになり(厳密には証明されていないようだけれど、切迫早産には口内環境が影響しているとも言われている)、そこから産後の育児などでなかなか通えなかったので遅まきながらいまになってしまっているが地道に治しています。

そして私は親知らずが4本全て生えているのだけれど、悲しくもそのうちの一本が虫歯になってしまっていて、親知らずの位置は治療もできないため、いよいよ今日これから抜く予定。。

歯を抜くのも生まれて初めてのことで、抜歯が決まった日「怖いよう〜〜」と憚らずも女医さんに伝えてしまったのだけれど、いよいよまさに今日となると、なんだか怖さよりも寂しさが勝ってくる。親知らずは、そのほかの歯と違って、基本的に再生されることが絶対になく永遠に失われてしまうということもまた寂しさを誘う。(痛みについてはたまには痛みも感じないと生きた心地がしないだろうというやや危険な方向で自分を説得中)

昨晩、人はなぜ親知らずが生えてくるのかということを調べていた時に、

・そもそも固い食べものが多かった太古の昔には親知らずが生えていることが普通だった

・近代化された食やライフスタイルによって生えない人が増えている

・ただし生えている場合、人類の長寿化によって虫歯などが増えつつある

(ざっくり要約&諸説あります)

みたいなことを初めて知り、なんだか抜く直前になって自分のまだ見ぬ親知らずのことが誇らしい気持ちにすらなってきた。時代やライフスタイルの変化になど惑わされることなく、太古の昔から変わらない自分の身体。。(余談だけれど、私は出産時に副乳も犬猫並みの6〜8つほどあることがわかって、本当に自分は原始的な人間なのだと感じた)


またこれまで30年以上の人生の中で、自分の親知らずのことなんて見たこともなければ考えたことすらなかったにも関わらず、失われるとわかった瞬間に慈しみ出すとは、自分の人間らしいエゴすらも同時に感じてしまう。


そしてこういった治療やケアにも終わりはないのではないかということも。

太古の昔には(今とは比べものにならないぐらい寿命も短かったと思うけれど)、歯磨きどころか虫歯治療やホワイトニングなど全く存在しなかったことを考えると、基本的に原始的な思想の私は「もはや歯医者には行かなくてもいいんじゃないか」とすら思えてくるし(ダメです)、また全てを徹底的に対応していくとなると、究極的には「もう歯を全部抜いてセラミックにしちゃいましょう」的なことにならないんかなみたいな気持ちになってくる。(ならないです)


ああだこうだ自分の中でこねくり回していても、時間は刻一刻と迫っているので、覚悟を決めて自分の親知らずとグッバイしてこようと思います。怖寂しいよう。

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