エコーチェンバー

一気に梅雨が明け、夏らしさ全開で開会まであと2日ですが、疫学的人道的視点から見たリスクというか崩壊が止まらない。

政治も経済も、企業も組織も、どんどん単位を分解していくとそれはとどのつまり”人"でしかないのに、それが集合体になるとうまくどころか全く機能しない状態、もっと言うと多様で優秀な個人を無力化する組織のあり方みたいなものをここ数年考えています。これは現代の日本における病ともいえる。


いま日本の政治とか感染症対策を担っている人たちは、どう考えても日本のトップレベルで、場合によっては世界レベルで優秀であったり何かしら得意分野を持っている人たちであったりするのに、どうしてここまでどうしようもないレベルの問題が起き続けるのか。個人レベルであの音楽家の方がこのような祭典の場にふさわしくないのは理解できるはず(普段全く違う規模感で仕事をしている私ですらさすがに回避するリスクレベルというか人道的判断)、そしておそらくその先の上司レベルまでは理解できるはず、それがより大きな枠組みになるとなぜ全く機能しないのか、本当に不思議でたまらない。


コミュニケーションのあり方としても、もうずっと「前提や背景を踏まえず押し通そうとする→世論に反対される→撤回する→ノープラン」という負のスパイラルに陥っていて、これは申し訳ないけれどお粗末すぎて、新入社員でもおかさないレベルの過ちすぎて、どうしてこんなに優秀な方々がこんなドツボにハマってしまっているのか、本当に知りたいと願う。

その原因のひとつとして思うのは、やはり日本が表向き「多様性」「ダイバーシティ&インクルージョン」などと謳っていても、現実は全くそうではないことがあげられるのではないか。タイトルの「エコーチェンバー」のように、閉鎖的かつ狭い空間&コミュニティの中で同一の価値観を持つ者たちだけの同一意見が、文字通りエコーのように反響され、増幅され、大きな組織の決定事項にまでノーチェックで(もしくはチェックされているが見過ごされて)のし上がる。そこでは多様な視点からの議論も、前向きで建設的な議論もなされず、ただただ世の中に出た時に世論によって初めて疑問視されもしくは激しく否定されて引っ込める。。その繰り返しになっているのではないか。

コミュニケーションのあり方から言っても、コミュニケーションのプロがいるはずなのに、もうとっくにベースの信頼感みたいなものは失われつつあるし、あらゆる対策や対処が想像を絶する超後手からのノープランとなり、国際的世論もすでに失敗五輪という意見が出つつあり、、国際的に見れば東京五輪に参加したことでコロナに感染した、などの責任訴訟問題が起きうるレベルで、そうなった時いまの政府にはBプランはおろかそもそもAプランは存在しているのだろうか?と本当に不安になる。子どもたちの世代に、一生にまたとない感動を届けるどころか無観客となり、開催のために私生活の思い出さえも奪い(私の息子はまだ生まれてから一度も先生方の顔全てを見られずにいる)、巨額の2兆近くもの負債をこのあと何年も重い税収や苦しい生活という形で残すことになる。でも私たちには1年以上も時間があったのだ。このことを決して忘れてはいけないし、否定のみに終わらず絶対に変えていかなければならないと思うし、変えていきたいと思う。変えていきましょう。


各国の要人が相次いで訪日をキャンセルする中、またもやこの方は素晴らしい方法でその思いや考えを伝えてくれました。私はここにひとつの、これからの時代における多様性やコミュニケーション、国際相互関係のあり方など多くの希望を見る思いがします。



これこそがそもそもオリンピックという祭典が目指すものではないかと思うのです。

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